写真には”言葉には表現できないなにか” を伝える力があると思っています。

そこに魅力を感じてシャッターを切っていたのですが、最近 ”仕事” になった辺りから、どうも自分の撮りたい写真が分からなくなっていました。

そんなときに目にした、尊敬する写真家・奥山由之さんの作品集『POCARI SWEAT』の刊行記念イベントの告知。

今のこの状態だからこそ、なにか学び取れるものがあるのじゃないかと思い、参加してきました。

 

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『POCARI SWEAT』刊行記念イベント

引用:http://y-okuyama.com/

POCARI SWEATの広告写真123点を掲載した作品集、『POCARI SWEAT』の刊行記念イベント。

登壇者は写真家の奥山さん、広告クリエイティブディレクターの正親篤さん、写真集アートディレクターの町口覚さん。

みなさんに広告・写真集制作の現場についてそれぞれの立場から語っていただくという内容でした。

印象に残った話をいくつかピックアップしてみたので、そのエッセンスを感じてもらえればと思います。

 

青春を全力で肯定して撮って欲しい

今回ほどストレートな作品も珍しい。

ベースは真逆で、どちらかと言うとストレートに表現できない部類。

自分の青春時代と真逆だからこそ肯定できた。

青春=青空や笑顔。みたいな “ストレートな表現はダサい ” という価値観が表現の仕事の界隈では少なくないとのこと。

だからこそ、青春を全力で肯定して撮って欲しい。と正親さんは伝えたそうです。

 

対する奥山さんはどちらかというと、ストレートに表現できない部類。

被写体さんからは「なんで笑ってる写真使わないの?」と言われることもあるのだとか。

撮影現場では、自分の青春時代と真逆だったからこそ肯定できた。と語ってました。

 

コントロールできない環境だから、自分の潜在能力が試される気がした

自分がコントロールできない環境は久しぶり、多分くるりのライブ以来。

普段の撮影では自身が美術などいろいろと口出し出来る環境になってた。

でも今回はそれがない。使う機材とは決めれるけどなにも準備ができない。

だから写真家としての潜在能力を引き出して撮らなきゃって感覚になった。

照明やソフトを使ってコントロールするのが当たり前になってきてるから、こういう現場なかなかないですよね。

 

“見せすぎてないところ” に色気がある。

言葉にできないモノを写真にしたくて始めた。だから写真のクオリティも感情に起因する。

そこになにが映ってるか、前後の流れ、、人によって解釈が変わる。

その奥ゆかしさというか、押し付けじゃない余白のある表現が写真。

その “見せすぎてないところ” に色気がある。

ある程度を受け取り側に委ねられる余白があるのがイイんですよね。

 

広告の世界は “赤いモノがいかに赤いのかをどれだけ短く伝えるか”

広告って1秒くらいしか見られてなくて、長くても3秒ほど。その秒数で伝えなきゃいけない。

広告の世界は「赤いモノがいかに赤いのかをどれだけ短く伝えるか」

数秒でだれかの心に残る写真を撮るための考え方。難しいけど参考になる一言。

この考え方は写真以外の表現ごとにも通用しそうですよね。

 

人の感情は一点じゃない

人の感情は一点じゃなくて、点と点の間をウヨウヨしている。

だから10年も20年も覚えてもらうためは、点よりも赤から白に移る途中の波のような部分を切り取った作品の方が刺さる。

たしかにこうやってキーボードを叩いてる今も、ココアを飲んだり、スマホで連絡返したりといくつかの点の間を行ったり来たり。

その “点から点にうつる瞬間” を切り取れたらきっと自然体だし、見る側に想像させることが出来るから記憶に残りやすいのかもしれない。

点を切り取った写真に見慣れているからこそ、そんな写真に目を奪われるんだと思います。

 

いつも誰かに向けて撮っている。ベクトルは対1人。

“この人” に向けて放ったベクトルの余波を受け取ってくれた人から広がった。

「この人に届いて欲しい」が大きければ大きいほど刺さる。

「いつも誰かに向けて撮ってる。ベクトルが対1人なんです。」

と語った奥山さん。2011年に写真新世紀優秀賞受賞を受賞した『Girl』もそのひとつ。

 

2011年に震災があって「いつまで生きれるかわからない。」と思ったときに

自分の抑えてた “言葉にできないモヤモヤする感情” を具体的に写真に納めたかった。

その当時、好きだった子を収めた作品が『Girl』なのだとか。

その子に向けて放ったベクトルの余波をまわりの方々が受け取ってくれたことで可能性が広がっていったそうです。

 

大衆に「どうぞ」なんて作品が刺さる訳がない。

みんなが熱狂するものって、個人の熱量が熱いものしか成り立たない。と思うんですよね。

刺さる作品はその人の「好きだ!」って熱量が詰まってる。「これいいでしょ?」じゃ刺さらない。

見る人たちはみんな自分が世界にひとつだけの花だと思ってるから、ベクトルが少なくて濃い方がいいんです。

広告は大衆向けだからこそ、”だれか” にベクトルを向けて作品を作ることで、心に残る作品が産まれると語っていました。

 

おわりに

写真、デザイン、映像、、いろんな表現ごとに役立つ話を聞けて、学びの多い時間でした。

久しぶりにしっかり撮りたいな〜。と思ったので近々作品撮りしに行こうと思います。

 

今日のひとこと

やっと “自分の撮りたい写真” っていうのがすこしだけ分かった気がする。

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